昨日、息子が石を投げた。
海の中で。
前を歩いていた子に当たった。
……いや、「当たった」というより、かすった。
相手は気づいていない。
ケガもない。
まぁ、よかった。
……よかったけどね。
全然よくないけどね。
息子は前から石を投げる。
何度も話してきた。
きつく叱った日もある。
優しく伝えた日もある。
理由を聞いて、一緒に解決方法を考えた日もある。
何も言わず、にらんでみた日もある。
手を変え、品を変え、
いろいろいろいろいろいろいろいろ。
それでも彼の衝動は、なかなか止まらない。
ふっふっふ。
困ったぜ。
こんな時、いつも思い出す話がある。
ある芸人さんが、自分が絵で生きているのは親のおかげだと話していた。
子どもの頃、家の前の道路にチョークで大きなうんちの絵を描いて、近所の人に怒られた。
両親は周りに頭を下げたあと、怒る代わりに広告の裏紙を渡して、
「これになら、どれだけでも描いていい。」
そう言ったらしい。
私は妊娠中、その話を聞いて思った。
「なんて素敵な親なんだろう。」
「私も怒らない育児を勉強しよう。」
本も読んだ。
動画も見た。
結構、本気だった。
でも今の私は、あの話を聞くと少し違うことを思う。
「運がよくて、ハッピーだったね。」
もちろん、親御さんの対応は素敵だと思う。
でも、それだけじゃない気がする。
もしその子が、
「チラシなら何に描いてもいいんだ!」
と勘違いして保育園のチラシを全部持って帰ってきたら?
それはまた別の悩みが始まる。
親の言葉が、その子にうまく届いた。
その子の性格とうまく噛み合った。
タイミングもよかった。
いろんな偶然が重なって、「いい話」になった。
だから私は今、
あの話を聞くと、
「よかったね。」
って思う。
怒るのが正解?
怒らないのが正解?
分からない。
怒らなかったら覚えないかもしれない。
怒ったら萎縮するかもしれない。
怒らなくても成長するかもしれない。
逆に、何も伝わらないかもしれない。
今日の伝え方は、この子に合っていたのかな。
今、このタイミングでよかったのかな。
親って、たぶん毎日こんなことを考えてる。
子育てって、
「正解がない」のが本当の正解なのかもしれない。
本も読む。
専門家の話も聞く。
経験者の話も参考にする。
でも最後は、
目の前にいる、この子。
この子がどう受け取るかは、
誰にも分からない。
だから私は、
今の私が持っている情報で、
できることを一生懸命やるしかない。
俯瞰力と、柔軟性。
この二つは忘れたくない。
危ないことはちゃんと止める。
うまくいったら、
「ラッキーだったね。」
って笑う。
うまくいかなかったら、
また考える。
……それでも分からなかったら、
とりあえず寝る。
そんな感じでいい気がしてる。
そう思って昨日は、ゴリゴリ怒った。
最後は、ぎゅーっと抱っこした。
そのあと、一緒にバーベキューをした。
正解だったかは分からない。
でも昨日の私は、
昨日の私にできることを、一生懸命やった。

